思いやりを育む

前記事で、長女の浮ついた態度が気になると書いたが、その後もちょくちょく気になることが起き、ついに、爆弾を落とした。

今日は、午前中、長女と次女が廊下でボール遊びをしている最中に、次女が火のついたように泣き出した。
どうしたものかと駆けつけてみると、手を抑えて「痛いー!!」と泣いている次女。次女は泣いて話にならないので、長女に「どうしたの??」と尋ねると、「分からん、知らん」の一点張り。
次女によくよく聞けば、長女が閉めたふすまに指を挟んだとのこと。
普通に考えれば、自分がふすまを閉めた途端に妹が泣き出したのだから、自分が関与していることは見当がつくだろうに、しらを切り続ける長女の態度に苛ついた。
正直に言えば叱られるので、嘘をついて知らばっくれようという気持ちはわかるが、年相応の思いやりを持ち合わせていない長女にがっかりした。

そして午後、長女と次女と私の三人で公園に行った。
楽しく遊んだ帰り、私が長女に軽くボールをパスすると、道路側にいた私に向かってわざと思い切り強くボールを投げてきたので、危うくボールが道路に飛んで行くところだった。
強く投げるとボールは道路に出て危険ということを、小学五年生にもなればわからないといけないと思う。それなのに、叱ってもあっけらかんとしていた長女。

そして帰宅後、「お風呂に入りなさい」と、三~四回言っても聞かず、水風船をリビングで乱暴に扱い、「割れるかも~」と悪ふざけしなから割りそうな勢いだった。 

そこでついに、堪忍袋の緒が切れた。

「出て行きなさい!」

無言の長女。謝る様子も反省する素振りも見せない長女に、もう一度強く言った。

「出て行きなさい!!!」

すると、荷物をまとめて家を出た長女。

18時過ぎていたので、外はもう薄暗かった。
心配になったが、心を鬼にした。

私は淡々と夕飯の支度をした。
すると、しばらく経ってから、発熱で寝ていた主人が、長男を寝室に呼んで、長女を探してくるように
言ったようで、長男が出て行った。

私は、料理を一段落終えたら、家を出て、公園へ向かった。
すると、家の前の細長い公園の一番奥に、歩く二人の影が見えた。

私「長男、何しようと?」
長男「パパに頼まれて、長女ちゃんの様子を見に来た。」
私「ご飯ができたから帰るよ。」
長男「いい、長女ちゃんについてる。」
私「あなたは何も悪いことしてないんだから、その必要はない。パパに頼まれたかもしれないけど、それはパパが勝手にやったこと。あなたには関係ない。帰るよ。」
長男「自分の気持ちで、ここにいる。長女ちゃんが心配だから、一緒にいる。」
私「その必要はない。長女ちゃんはもう、家を出た子だから、どうなっても知らない。あなたは、ご飯を食べなさい。さ、ママと行くよ。」

半ば強引に長男の手を引いて、家に向かった私。
名残惜しそうな長男と、一人取り残されて私たちと逆方向に歩き出した長女。
「ま、この気温なら一晩位、外で過ごしても死ぬことはないだろう」と、案外冷静な長男。いや、そう言って不安な自分を納得させているだけかもしれない。
私はわざと、子ども達と主人と、普通に明るく食卓を囲んだ。
食事を終えた主人、熱があるのでと寝室に戻ったが、こそこそとダウンジャケットを着込み始めたのがわかった。
「どこ行くの?」と私。
主人「長女が心配だから、見てくる」と。
私「行かないで。私が追い出したんだから、私が責任持ちます。あなたは熱があるんだから、寝てて。」
と言うや否や、防寒して家を出た私。
もう公園には居ないだろうと、道路にでて、路地裏や商業施設など探し回ったが、居ない。小雨も降り始めた。
公園に戻ると、ベンチに小さな人影が見えた。
片手にペットボトルを持ち、リュックを背負い、街灯の下で本を開いている長女だった。
ペットボトルは、自販機で買ったものかと思ったが、後で聞くと、長男が渡したものだったそうだ。
私は、長女に見つからないように慎重に、木陰に隠れて見守った。
こうして見ると、長女は、実際よりも小さく見えた。
20~30分ほど経った頃だろうか、長女は本をパタンと閉じて、家の方に向かって歩き出した。
私は、見つからないようにこそこそと後を追った。
今度は、家にほど近いベンチに腰掛けた長女。
また、街灯の下で本を開いた。
だんだん夜も更けてきて、寒くなり始めた。
周りをキョロキョロと警戒する長女。
公園から人影が減った。
とその時、長女のベンチの周りを高校生くらいの、あまり柄のいいとは思えない女の子達5人グループが取り囲んだ。
「かわいそーう」「何なに??」「家出??」などと、興味本位に騒ぎ出した彼女たち。
長女は、開いた本に目を落としたまま、無反応を貫いた。
諦めたように去っていった彼女たち。
ほっとしたのもつかの間。
怪しげな外国人男性が独り言を言いながら、自転車で通過。
酔っぱらい風のサラリーマンが長女をいぶかしげに見ている。声をかけようものなら、駆け寄って危険から守る覚悟は出来ていた。
午後九時も回ったのに、リュックを背負って読書している女子小学生は、明らかに不審だったに違いない。愛犬の散歩中の夫婦が、ひそひそ話。すぐそばの交番に通報されるかもしれない。
それでも、私は、ただただ見守った。そして、待った。長女が自分からごめんなさいと言って、インターフォンを押してくれるのを。
30分以上は経っただろうか。
私も、12月の寒空の中、立ちっ放しで見守るのにも疲れてきた。
長女を遠くから見守りながら、色んなことを考えた。
予定日になってもなかなか産まれてこなかった長女。
小さく生まれて、泣き虫だった長女。
ミルクを飲まずに母乳しか受け付けなかった長女。
にこにこ笑う長女。
おいしいと食べる長女。
竹馬に乗れるようになって喜んでいた長女。
お手伝いをしてくれる長女。
そして今、ひとりでベンチに座っている長女。
ここまで大きくなってくれてありがとう。
健康で、笑顔で、生まれて、生きてくれてありがとう。
私は、たとえこのまま公園の街路樹になったって、この子を守る。
街路樹にとまる虫になったって、踏みつけられる雑草になったって、公園に投げ捨てられたら空き缶になったって、星空の星になったって、この子を永遠に守る…抱き締める腕がなくなったって、空気で、風で、この子を抱き締め続ける…そう、心に誓った。
気がつけば、頬を涙が伝っていた。後から後から涙があふれてあふれて止まらなくなっていた。
やがて、すっと立ち上がり、駅の方向に歩き出した長女。
まさか、電車に乗ってどこかへ行くのかと思ったら、駅へは行かず、曲がり角を曲がって、家路へ向かった。
マンションに入っていく長女を見届けたら、ほっとして、体中の力が抜けた。
私は、やりきった感を噛み締めながら、コンビニでスパークリング日本酒を購入。
しばらく散歩して家に帰った。
ドアを開けた途端、抱きついてきたのは、涙で顔をぐちゃぐちゃにした次女だった。
そういえば、長女が出て行ってから、一番心配していたのは、この子だった。
「お姉ちゃんは?お姉ちゃん、可哀相。」と、何度も窓から公園をながめていた次女。
その上、私までいなくなったのだから、気が気でなかっただろう。
申し訳ないことをした。
長女は、素直に謝って、布団に入った。
その晩、私は、長女を抱いて眠った。